高松高等裁判所 昭和31年(う)542号 判決 1958年2月13日
控訴人 原審検察官
被告人 張金津
検察官 富久公
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二千円に処する。
右罰金を完納出来ない時は金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴趣意及びこれに対する答弁の趣意は記録中の検察官伊藤勝名義の控訴趣意書及び弁護人河西善太郎の答弁書各記載の通りであるからいずれもこれを引用する。
検察官の所論は外国人登録法の趣旨目的より考えて公訴事実記載の高知県香美郡槙山村は被告人にとつては単なる一時的出稼地でなく、より以上日常生活に密接なる関係を有する同法所定の居住地と認むべき土地であり、又斯く認定するに足る客観的事実関係存するに拘らず原審がこれを一時的出稼地と認め、被告人には居住地の変更なしとして無罪の言渡をしたのは判決に影響を及ぼすこと明な法令の解釈適用を誤ると共に事実の誤認があるというのであり、これに対する弁護人の答弁の趣意は結局原審の認定が相当であり、控訴趣意は理由がなく、被告人は無罪たるべきであるというのである。
よつて記録を精査し、又当審に於て取調べた各証拠を検討するに、記録中の外国人登録原票の写の記載、原審に於ける証人橋詰昭彦の証人訊問調書、被告人の検察官及司法警察員に対する各供述調書によれば被告人は朝鮮人で高知市南新町十五番地朴本春吉方を居住地とする外国人登録証明書の交付を受けていたものであり、昭和三十年十月十五日から同三十一年四月初旬迄高知県香美郡槙山村の柳生建設飯場で起居し、林道改修工事に従事していたがその間同村村長に対し外国人登録証明書の居住地の記載の書換申請をしなかつた事実が認められる。
ところが被告人は前記の期間前記槙山村の林道改修工事に従事する為同村に赴き前記柳生建設の飯場で起居してはいたが右は単なる出稼で自己の居住地は依然として高知市南新町十五番地にあり、槙山村に居住地を変更してはいないと主張し、その根拠として
(1) 高知市南新町十五番地には被告人の米穀配給籍がある。
(2) 被告人の内縁の妻高木貴子及長男貞男は高知市南新町十七番地に居住している。
(3) 被告人はその間月に三、四回は高知市に帰つていた。
事実を挙げている。
然し原審に於ける証人橋詰昭彦、同山下富雄及び当審に於ける証人高木貴子、同朴本春枝、同朴本春吉、同山本二美子の各証人訊問調書によれば被告人は前記槙山村に起居していた当時高知市には月に一、二回出て来る程度で、時に前記朴本方を訪れたこともあるがその時も右朴本方は四帖半の部屋一室のみで、同室に同人等家族六名が起居している有様で同所に寝泊りしたことはなく、又被告人の布団、炊事道具等一切の荷物は被告人の友人、同市石立町李溶鉱方に保管を托して居り、朴本春吉方には鞄一個を置いてあるのみで事実上被告人は同家を立去つたものと認められる。唯被告人の米穀の配給籍はその主張の如く朴本春吉方に残してあつたがそれも単に同所に籍があるというに過ぎず、もとより被告人は同所で現実に米穀の配給を受けたこともなく朴本春吉が同人の家族の分と共に一括配給を受けて居たことが記録上窺われる。更に被告人は昭和二十九年九月頃から高知県土佐郡土佐山村高木貴子と内縁関係を結び同人はその後昭和三十一年二月十一日頃から被告人のはからいで子供と共に前記朴本の近隣である高知市南新町十七番地に居住することになつたがそれまでは工事現場の飯場或は前記土佐山村の同女の実家等で寝泊りし、又妻子が高知市南新町十七番地に居住するようになつて後も被告人は同家に殆んど帰宅した事もなく、その間殆んど生活上の扶助も与えず、為に昭和三十一年五月には夫婦別れをした事実も前記各証拠によつて認められる。
この反面槙山村については原審に於ける証人橋詰昭彦、当審に於ける証人新井孝運の各証人訊問調書によれば被告人は同村に於て柳生建設の土工として働き、生活の糧たる賃銀も同地で得、同村の飯場で寝食し、その期間も最初から四ケ月の長期間を予定せられていた(現実に被告人が同村で働いた期間は昭和三十年十月十五日から同三十一年四月初旬迄約六ケ月)ものであつてその間前記の如く月に一、二回高知市に行くことがあつても前記の諸事情からみて右柳生建設の土工として働いていた間の被告人の生活の総ては同村を中心として行われていたものと認められ、単なる一時的な滞在とは認め難い。
ところで外国人登録法はその第一条に明記する如く外国人の居住関係及身分関係を明確ならしめ在留外国人の公正な管理に資することを目的として立法せられたものであつてその立法の趣旨からいつても同法第八条に所謂居住地の変更とは本邦に在留する外国人が単なる旅行又は一時的な滞在の為にでなく、相当の期間に亘つて現実にその主たる日常生活を営む場所を他に変更移転する場合をいうのであつて、たとえ出稼の為であつても当初から相当期間に亘る滞在が予想せられ、従来営んでいた日常生活をこれに移したと認められる客観的事実の存する以上同条に所謂居住地の変更のあつたものと認めるのが相当である。そして本件の場合高知市南新町十五番地の従来の住居は前記事情によつて昭和三十年十月十五日以降は最早被告人にとつて生活の本拠でなく代つて前記槙山村は被告人にとつて出稼の為とはいえ爾後四ケ月以上に亘つてその日常起居することが予想せられていたのであるから他に生活の本拠と認むべき場所もない被告人にとつては昭和三十年十月十五日に槙山村にその居住地を変更したと認むべきであり従つて法定の期間内に同村村長に対し外国人登録証明書の居住地の記載の書換申請をしなければならないものであるといわなければならない。しかるに原審が槙山村を単なる出稼地とし、高知市南新町をより以上日常生活に密接な関係を有する居住地と認め居住地に変更なしとして被告人に対し無罪の言渡をしたのは明に判決に影響を及ぼす事実の誤認であり、原判決は此の点に於て破棄を免れない。検察官の論旨は結局理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八二条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は朝鮮人で高知市南新町十五番地に居住し同所を居住地とする外国人登録証明書の交付を受けているものであるが昭和三十年十月十五日居住地を高知県香美郡槙山村に変更したのに十四日以内に新居住地の村長に対し登録証明書の居住地の記載の書換申請をしなかつたものである。
(証拠の標目)<省略>
一、原審証人橋詰昭彦に対する証人訊問調書
一、当審証人高木貴子、同朴本春吉、同新井孝運、同山本二美子に対する各証人訊問調書
一、被告人の検察官に対する供述調書
一、外国人登録原票の写の記載
(法令の適用)
被告人の判示所為は外国人登録法(昭和二九年法第一六三号)第八条第二項・第一八条第一項第一号に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内で被告人を罰金二千円に処し、右罰金を完納出来ない時は刑法第一八条に則り金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
尚訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人にはこれを負担させないこととする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 谷弓雄 判事 小川豪 判事 松本恒雄)